日本の文化というと、静謐な茶道や優雅な着物姿、厳粛な神社の儀式などをイメージするかもしれません。しかし、日本には、そうした静的な美しさとは対照的な、激しく、荒々しく、そして謎に満ちた「火の祭り」が存在します。それが、大分県国東半島(くにさきはんとう)の山間にひっそりと伝わる「ケベス祭(けべすまつり)」です。
毎年10月14日の夜、国東市にある櫛来社(くしくしゃ・岩倉八幡社)の境内で繰り広げられるこの祭りは、その起源も、主役の正体も一切不明という、まさに「奇祭の中の奇祭」。炎と火の粉が乱舞する壮絶な光景は、訪れるすべての人に強烈なインパクトを与え、「日本の祭り」の概念を根底から覆すでしょう。
この記事では、この謎めいた火の祭典の魅力と、その背後に隠された日本の古い信仰、そして祭りが開催される国東半島の知られざる魅力を深掘りし、皆さんに日本の奥深い文化の一端をお届けします。
ケベス祭の舞台となるのは、夕闇に包まれた小さな神社の境内。祭りの主役は、奇妙な木彫りの面をつけた「ケベス」と、聖なる火を守る「トウバ」と呼ばれる人々です。
1. 正体不明の異形:ケベス
祭りの中心にいるのは、異様な木の面をかぶったケベスです。白装束に身を包んだ彼の正体については諸説あり、一説には「鬼」とも、また一説には福をもたらす「来訪神(まれびとがみ)」とも言われています。名前の由来も不明ですが、「恵比寿(えびす)」が訛ったという説や、「蹴火子(けびす)」つまり火を蹴散らす者という意味から来ているという説もあります。
ケベス役は毎年、氏子(うじこ/地域住民)の中から籤引きで選ばれた成年男子が務めます。祭りの前には、海で身を清める「潔斎(けっさい/みそぎ)」を行い、社殿で神官から面を授けられ、背中に「勝」の字を指で書かれることで、神霊が宿り、ケベスは神そのものになるとされています。
2. 聖なる火を守る白装束:トウバ
一方、ケベスの対立者として現れるのが、白い装束に身を固めたトウバ(当場)と呼ばれる氏子たちです。彼らの使命はただ一つ、境内に積まれたシダ(木の枝葉)に点けられた聖なる火(庭火)を守り抜くことです。トウバたちは、この火が邪悪な力によって乱されるのを防ぐ役割を担っています。
3. 激しすぎる火の攻防
太鼓と笛の囃子が響き渡る中、祭りは静かに始まりますが、やがてケベスの行動によって一変します。
神がかりとなったケベスは、突如として集団から抜け出し、燃え盛る火に向かって突進しようとします。これに対し、トウバたちは持っている棒を使ってケベスを阻止しようとします。火を巡る両者の攻防は激しく、ケベスは何度も火の中に飛び込もうとし、それをトウバたちが必死に引き戻します。この攻防こそが、祭りの最大のハイライトであり、境内は一気に緊張感と熱気に包まれます。
4. 阿鼻叫喚のクライマックス
トウバの阻止を振り切ったケベスが、ついに棒を火の中に突っ込み、火の粉が勢いよく飛び散った瞬間、祭りは最高潮を迎えます。
トウバたちは、火のついたシダの束を棒の先につけ、それを振り回しながら、観客に向かって容赦なく火の粉を浴びせかけます。観客は悲鳴を上げながら逃げ回りますが、この火の粉を浴びることで、一年間の無病息災が叶うと信じられています。境内は火の粉が降り注ぐ「阿鼻叫喚(あびきょうかん)」の世界となり、その壮絶さは、日本の祭りの中でも類を見ません。
最後に、ケベスは、杖の先にくくりつけた藁苞(わらつと/藁包み)を境内の三箇所で地面に強く打ちつけます。この藁苞の燃え具合によって、翌年の五穀豊穣(ごこくほうじょう/豊かな実り)を占う神聖な儀式を行い、祭りは唐突に幕を閉じます。
ケベス祭は、単に激しいパフォーマンスで観客を沸かせるだけではありません。そこには、古代から続く日本の深い信仰と文化が色濃く反映されています。
1. 火による「祓い清め」の伝統
この祭りで見られる「火」の扱いは、古代日本の「火による祓い清め(はらいきよめ)」の伝統と深く関わっています。燃え盛る火は、邪悪なものを焼き尽くし、清らかな力を宿すと考えられてきました。観客が火の粉を浴びることで無病息災を願う行為は、この浄化の力にあやかろうとする、素朴で力強い信仰の表れです。
一説には、ケベス祭の起源が、神功皇后(じんぐうこうごう)が朝鮮出兵の際に火を焚いて潔斎した(身を清めた)伝説や、この地が古くから鍛冶(かじ/鉄を打つ技術)が盛んであったことから、火を大切にする鍛冶の神への信仰と結びついているとも言われています。
2. 来訪神(まれびとがみ)への信仰
ケベスの正体とされる「来訪神」は、日本の民俗信仰において非常に重要です。山の向こうや海の彼方から、年に一度、里に現れて福をもたらす神様と考えられています。ケベス祭は、この「異界から来た神(ケベス)」と「現世の人々(トウバ)」が火を巡って争い、その結果として人々に神の恵み(無病息災・豊穣)がもたらされるという、古い日本の信仰の形を現代に伝える、極めて貴重な文化遺産なのです。2000年には、国の選択無形民俗文化財に登録されています。
ケベス祭を訪れることは、単に奇祭を見るだけでなく、「鬼と仏の里」と呼ばれる国東半島の独特な文化に触れる旅でもあります。
1. 仏教文化「六郷満山(ろくごうまんざん)」
国東半島は、奈良時代から独自の仏教文化「六郷満山」が栄えた地域です。これは、神道と仏教が融合した「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」の文化が色濃く残り、山全体が修行の場とされてきました。ケベス祭の舞台である櫛来社自体も、かつては仏教との関わりが深かったとされています。
祭りの前後に、国東半島の寺社を巡り、奇岩に囲まれた山中に佇む歴史的な寺院や、石に刻まれた仏像(磨崖仏/まがいぶつ)を訪ねれば、この地域特有の深く静かな信仰の空気を感じることができます。
2. 地元のグルメと日本の田舎の風景
大分県は、豊かな自然の恵みにあふれています。
• 海の幸: 豊後水道(ぶんごすいどう)で獲れる新鮮な関(せき)アジ・関サバをはじめ、地元の漁港で水揚げされる魚介類は絶品です。
• 山の幸: 国東半島では、豊かな自然の中で育まれた農産物が豊富です。特に秋の開催であるため、新鮮な山の味覚を堪能できます。
• 名物料理: 大分名物であるとり天(鶏肉の天ぷら)や、小麦粉を練って作る素朴な麺料理だんご汁なども、地元の食堂でぜひ味わってみてください。
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祭りの喧騒とは対照的な、田畑と里山が広がる日本の穏やかな田舎の風景は、都市では見られない日本の魅力を再発見させてくれるでしょう。
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ケベス祭は、観光地化された大きな祭りとは異なり、地元の人々によって大切に守られてきた伝統行事です。訪れる際は、その文化を尊重する姿勢が求められます。
アクセス
・最寄り駅: JR日豊本線「杵築駅(きつきえき)」ですが、そこから櫛来社までは車で約1時間40分
・JR宇佐駅よりバスで約1時間40分、「古江(ふるえ)」バス停下車。そこから会場の櫛来社までは徒歩すぐです。 (※途中で国東方面行きのバスに乗り換えが必要です。時刻表の事前確認をおすすめします。)
・レンタカー: 周辺のアクセスは車が便利です。大分空港や主要駅でレンタカーを利用するのが最も現実的な選択肢となります。
大分県の場所
観覧時の注意点
• 安全第一: 祭りのクライマックスでは、火のついたシダが観客席に向かって振り回されます。火の粉を浴びると無病息災が叶うと言われますが、化学繊維の服は火が燃え移る可能性があるため、避けるか、十分に注意して観覧してください。
• 地元の伝統を尊重: 祭り中は、地元住民の指示に従い、神聖な行事を妨げないよう、静粛に振る舞うことが大切です。特に、写真撮影や動画撮影の際は、フラッシュなどで祭りの進行を妨げないよう配慮しましょう。
激しい火の攻防が繰り広げられるケベス祭は、日本の祭りの中でも特に異彩を放っています。起源不明の謎、異形の神と人間の戦い、そして火による浄化という、古代から受け継がれた信仰が、現代に生きる私たちに「日本の魂」の深さを伝えてくれます。
このケベス祭を体験することは、日本の静かなる美しさだけでなく、その裏側に脈々と流れる力強く、生命力に満ちた文化の側面を発見する旅となるでしょう。ぜひ、次の10月は、大分県国東半島で、炎が照らし出す日本の奥深い世界に触れてみてください。